考えたこと

21歳で母と死別したわたしが母親になって思うこと

2児の母をやっているねここ(@nekoko_shufu)です。

わたしの母はわたしが21歳になった翌日に亡くなりました。

わたしは毒親持ちです。

「借金+パチンコな父」と、それに巻き込まれて「アルコールに依存してしまった母」をまったく尊敬もできず受け入れることもできずに育ちました。

訃報の知らせを父からもらった時、わたしは力なく笑っていたような記憶があります。

あれだけ迷惑をかけた父が、あれだけ母を大事にしなかった父が電話口で泣いているのがわかり、冷めた感情に支配されていたからです。

「ようやく父から解放されて良かったね」

「自分だけ一番卑怯な逃げ方をしてずるい」

この2つの思いしか出ませんでした。

当時お付き合いをして間もない夫がそばにいました。泣いてもいいんだよ、という風にただ黙って抱き寄せてくれ、その優しさに触れたことでようやく涙が流れてきました。

(あぁ…わたしは今かわいそうなのか…涙が出なかったのもおかしかったのか…わたしは本当に冷たい人間なんだな)と、自分の反応の異常さに泣けてきました。

そんなわたしもお腹に生命を宿し、母親になりました。

親になることで、今まで蓋をしてきた感情や、未だに尊敬も受け入れもできない母(+父)と心の中で向き合う機会が増えました。

向き合うことでいろいろな気づきがあったので、ここに記録として残したいと思います。

両親に対しては感謝をしている

わたしは思春期を暗いものにしてくれた両親を未だに受け入れられないし尊敬もしていませんが、ただ愛してくれていたことはわかっていました。

父はろくでもない人でしたが、知識欲がものすごく、引くほどの本の虫で、わたしには勉強とは何かという本質から教えようとしてくれました。(余談ですが、仕事をしない時期が多い人だったので週に10冊は読んでるくらいずっと本を読んでいる人でした)

母は、わたしの言うことやることには否定も肯定もせず、わたしがやりたいと申し出たことにはできる限り応えようと努力してくれました。また、自営業の傍ら、ワンオペ育児を頑張ってくれていたことも、今となってはすごいことだと感じています。

当時は、たまには親らしく頑張ってよ…くらいに思っていたのですが、日々の積み重ねが必要な勉強や否定しない受け入れるという姿勢は、愛情がなければできないことだったのだな、と親になってから実感しました。

本当にろくでもない日々ではありましたが、勉強でつまづくことがまったくなく、自己肯定感がものすごくある人になれたのも親からの愛情があってこそだと思うので、それだけは感謝しています。

母を心底バカにしていた過去

わたしは母からずっと毎日のように愚直を聞かされていました。わたしも真面目だったので正面から付き合っていました。

ひたすら聞くだけ。

ですが、その度にこの人はなんて努力が足りない人なんだろう、我慢しかしないんだろうと感じていました。

  • なんで自分の夫に面と向かって自分の気持ちを言葉にしないんだろう
  • なんで自分で何かを変えて好転させようとしないんだろう
  • なんでちゃんと優しい実家があっていつでも逃げられるのに逃げようともしないんだろう
  • 父親の悪口を聞かされるわたしの気持ちを考えない人だな
  • お酒に逃げるなんて最低だ

自分の頭で考え、行動に移さない母を心底馬鹿にしていました。当時は思春期だったこともあり、目に見える反抗はしないものの、心の中ではバリバリの反抗期でした。

逃げなかった(逃げられなかった)理由は、子どもが両親がいなくなると可哀そうだからというよりも、母がずっと父を愛していたからとわかったのは、亡くなる1年くらい前でした。

子どもを産みたいと思うまでに向き合った「母親」

わたしが思い描く母親像は自己犠牲でした。

子どもを産んだら、自分のやりたいことや時間や気持ちを全部子どもに捧げなくてはいけないと思い込んでおり、それを嫌だと思っていました。

夫との結婚生活を2年、3年、5年と積み重ねていく中で、わたしがなるべき母親は「母親=自己犠牲=わたしの母親」ではないんだということに気付けました。

わたしは夫には正直な気持ちを自分の言葉や態度で伝えることができる。

わたしは自分で考えて自分で決めて行動ができる。

わたしはいろいろなことを乗り越えてきたからお酒になんか逃げて自分の積み上げてきたものを台無しにしない自信がある。

わたしは母よりも素敵な夫を持っている。

なんとなく抱えていた母親という呪縛から解放された途端、子どもがいる人生もいいなと思えたのでした。

わたしが子供たちにしてあげられること

子どもを産んでからも、正常な状態で母が生きていてくれたら全面的に孫を愛してくれるんだろうな、なんて夢のようなことを考えてしまいます。(今生きていたら58歳。若いおばあちゃんに入ると思います。)

長女を産んですぐの頃は、情緒が不安定だったのか、「みそ汁の作り方、肉じゃがの作り方も教わることがなかった…教えてもらっておけばよかった…泣」とか「ものすごく可愛がってくれただろうな…天国から見てるかな…泣」なんて大好きだったころの笑っている母を思い出しては物悲しくなったものでした。

やりたいという気持ちのサポート

やりたいという気持ちは、学ぶ際の最も大事な要素だと思っています。

そして「やりたい」という気持ちがあると「勉強=つらい」になりにくいです。

テレビを観るとき、街を歩くとき、いろいろなところに気づきがあることも楽しんでほしい。

お金はかけなくても、そういう日常からたくさん学んで、やりたいことがあればどんどんやってほしいと思っています。

わたしの父と違って夫は頑張って稼いでくれるので、金銭面でも多少サポートが可能だと思います。

逃げてもいいということを教えたい

わたしは実家から離れて心底よかったと思っています。

逃げたことで今はしあわせいっぱいの生活を送っています。

逃げずに頑張ることが全てではないと思うので、子どもたちにはいろいろな選択をするきっかけをあげられたらいいなと考えています。

子どもたちに期待すること

特にありません。

自分の気持ちに素直に育ってくれることを願うだけです。

強いて言えば、自分で考えて行動できる子になってもらえたら満足です。

反抗期が楽しみ

自分がどんな対応をするのか、子どもがどんな行動をするのか…怖いですが、楽しみでもあります。

きっと子どもの突然の変わりように戸惑うのでしょう。

それを見越して、わたしはどんどん家以外の場所でやりがいややりたいことを見つけて、そちらに注力していこうと思って準備をしています。

このブログもその一つだったりします。

あぁ…反抗期の娘に負ける気がしない。笑

しあわせを受け入れられるようになれた

子どもを産む前は、夫との自由な暮らしがしあわせ過ぎて、わたしばかりこんなにしあわせでいいのだろうか…としあわせ過ぎてくよくよするという訳のわからない状態が多々ありました。

不安定すぎますね。

子どもを産んでから、いや妊娠してからはそういった感情が押し寄せてくることがなくなり、しあわせをしあわせとして感じられるようになったのです。

おそらく蓋をしてきた親への感情と向き合ったことで、ドロドロと屈折したどす黒い感情をかなり浄化できたのだと思います。

心の底から子どもを産んで、母親になれてよかったと思います。

いい母親になれているかわかりませんが、子どもたちは家でも外でも毎日「ママ、だいすき♡」と言ってくれるので、愛されていることは間違いありません。

ママもあなたたちが大好きですよ~♡

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